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木戸修

新日からUWF、新日へまた戻った木戸修。
木戸修と言えばキドクラッチ。
サブミッションなのに丸め込んで3カウント、というのは非常に斬新で、これが決まって木戸がピンフォール勝ちすると、誰もが「オー!」と叫びたくなるだろう。
かなり前に引退してから、レスラー復帰もあったが、最近は殆ど試合をしていないと思う。
寡黙で、ひたすら自分のレスリングを展開し、淡々と試合を作っていく木戸修のスタイルが好きだった。

中西学

「世界3大ブリーカーの使い手」と何年か前まで紹介されていたが、アルゼンチン以外は殆ど見たことがない(笑)。
中西は単純明快に、その身体を見ればプロレスラーとしての凄味を感じさせます。
そしてあのパワー。
アマレス仕込みのタックル。
猪突猛進でも、ストレートに強さを見せてくれる中西学が大好きです。

藤波辰爾

私の中で一番の藤波の名勝負は、前田日明とのシングルマッチ。
UWFと新日本の対抗戦の中で、ガチに近いキックをガンガン打ってくる前田に対して、あそこまで真っ向から受けた新日の選手は殆どいませんでした。
純プロレスを展開する選手なのに、格闘色の強い選手に対してもきちんと試合として成立させ、名勝負にまでしてしまうのが藤波の凄さだったと思います。
レスラーの中では小柄でも、引き締まった筋肉と抜群のコンディションの良さを見せていた藤波が好きでした。

小川直也

柔道王小川は、プロレスが下手だと言われています。
ただ、橋本戦(3戦目)以降の殺気立ったムードでの試合運びなどは、彼ならではのものでムードがあって私は好きです。
ハッスルの頃はエンターテイメントなので、あれはあれで、と思うのですが、やっぱり小川はヤルかヤラレルかの雰囲気が魅力なのではないかと思います。
柔道着を着てリングに上がっていた頃の小川には、この殺気というものが無く、勝ちブックの時に説得力がなかった気がします。
むしろ負け試合の方が面白く、グレートムタが小川を翻弄して完勝した試合では、武藤及び新日ファンの私としては大いに溜飲を下げました。
技としてはSTOはマットの衝撃が伝わってくる様で、迫力があります。
相手の受け身がうまいか下手かによってもだいぶ変わってきますが・・・
4戦目の対戦であれを何度も喰らった橋本は、小川の強さを存分に引き出していました。
結局、小川はプロレスの上手い下手に関わらずその存在感によって評価されるべきレスラーなのだと、思っています。

後藤達俊

ミスターバックドロップ、後藤達俊。
バックドロップの落とす角度を相手によって微妙に調整する等、正に名人芸。
体重ごと浴びせる様なラリアットも魅力です。
特に記憶に残るのはシングルマッチで長州力からピンフォールを奪った試合。
平成維新軍時代に正規軍との5VS5対抗戦でした。
大将どおしで長州VS後藤、そこまでの星は五分、となれば誰しも長州=正規軍の勝ちを予想したでしょうが、後藤の執念のラリアット連発⇒ピンフォールの流れは、平成維新軍ファンのみならず興奮したと思います。
キャリアの殆どをヒールとして過ごしながら、人の良さが随所に見られます。
地味ながらキッチリとヒールとして試合を成立させる後藤選手、新日時代にもっとトップどころとのシングルマッチが見てみたかったです。

藤田和之

アマレス上がりで新日本プロレスに入門した藤田和之。
新日に在籍していた藤田は、前座扱いでありながらもドン・フライやキモとのシングルが組まれたり、格闘路線の試合ではお客さんもヒートアップしていました。
その後新日を退団すると、PRIDEで当時「霊長類最強の男」と言われたマークケアーに勝利し、一気にスターダムにのし上がります。
それにしてもガチ系に行って、すぐにあそこまでの活躍をするとは・・・
プロレスの試合での藤田と言えば、ボディスラム1つでマットの衝撃を伝えるのが凄いと思っていました。
前田日明もそうでしたが、格闘路線に向かう選手は前座でも壮絶な試合をします。
今度は誰と闘うのか、その対戦カードだけでワクワクしてしまう選手です。

天山広吉

1990年代前半にデビューした天山広吉。
凱旋帰国するとすぐに当時の新日トップレスラーをタッグ・シングル問わずなで斬りにし、新日の期待を背負っていました。
本体から離れて蝶野との結託、ヒールとして輝いていましたが、徐々に失速していきその後はしばらく小島との「テンコジタッグ」がメインとなりました。
ところが2003年頃からまた天山推しが始まり、G1二連覇する等の活躍を見せます。
ただ長年の疲労の蓄積からか怪我をしがちになり、リーダーシップをとっていたGBHからは追放され、その後は飯塚との友情タッグ⇒飯塚の裏切りによる抗争、とファンの同情を買うタイプのアングルにシフトしていきます。

矢野通

矢野通選手と言えば、上田馬之助ばりの金髪スタイルとラフ殺法が売りのヒールレスラーですが、上田馬之助や後藤達俊同様に人の良さが随所に見られ、憎めないヒールとして人気があります。
デビューから数年でヒールとなった矢野選手は、その後GBH入りし真壁とのタッグでIWGPのチャンピオンにもなりました。
印象に残っている矢野選手の試合と言えば、後藤達俊選手とのG1クライマックス公式戦では、当時正規軍入りしていた後藤選手をヒールとして挑発する様な試合をしていた事です。
矢野選手がヒールとして活躍する様になった土台は、後藤達俊選手のみっちり指導にあった様なので、一見すると目立たないカードでしたが、感慨深いものがありました。
その風貌はヒールとしての貫録充分。
サマになっています。
どうしてもタッグマッチでのインパクトが大きいですが、シングルでもタイトル戦線に絡んで欲しい選手です。
今の新日のアングルではなかなか実現しないのでしょうが・・・。

武藤敬司

新日本プロレスで蝶野、橋本と共に「闘魂三銃士」として活躍し、その後全日本に移籍後は社長業も務めた武藤。
アメリカで忍者のペイントをし、毒霧を吐く「グレートムタ」としてブレイクし、以後日本マットに置いても素顔とムタを使い分ける器用さは、抜群です。
身体能力の高さで、ムーンサルトプレスやスペースローリングエルボーなど派手なパフォーマンス系の技を多用していた事から、純プロレスを展開する武藤が、強さの面を見せたのがUWFインターとの対抗戦における高田延彦戦でした。
ドラゴンスクリューから足四の字という古典的な技で勝利し、ある意味この試合がUインターの終焉となったのです。
元々柔道のオリンピック強化選手にまでなっていて、寝技の強さでは前田日明でさえ一目置いていた様なので、格闘路線でも強い選手ながら、一途に純プロレスを見せ続けるところに大きな魅力を感じます。

蝶野正洋

黒のカリスマ、蝶野正洋選手。
84年に新日本プロレスへ入門し、武藤敬司戦でデビュー。
アントニオ猪木の付き人を経て、ドイツ、米国での海外遠征を経験し、帰国後は武藤、橋本真也とともに闘魂三銃士として人気に。
91年には「G1 CLIMAX」の第1回大会で優勝。翌年のG1も連覇を果たすなど、G1を5度も制覇し、“夏男”の異名をとります。
94年からヒールに転進し、黒を基調としたコスチュームでプロレスファン以外にも広く知られる存在になりました。
顔面への蹴り、ショルダータックル、きめ技にはSTF、時々パイルドライバー等極めて少ない技のレパートリーでシンプルな試合運びながら、あれだけのインパクトを残せるのは凄いの一言です。
ヒールになる前の蝶野は、G1での活躍こそあったものの、武藤や橋本に比べて非常に地味な印象がありました。
本人が誰よりもその事を考えていて、このままでは新日に体よく使われるだけの中堅レスラーになってしまうとの危惧から、3度目のG1優勝を機にヒール転向。
ここから蝶野の真骨頂が発揮されます。
サングラスもトレードマークとなり、NWOJAPANを率いての活躍にはワクワクしました。
長年首の怪我に悩まされながらも、トップレスラーとしては損な役回りも難なくこなしていきました。
最近、激やせした姿がネット上でも話題となっており、病気を心配する声もあります。
養生して、元気な姿を見せて欲しいものです。

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