北尾光司

大相撲を廃業後、1989年に東京ドームでのクラッシャー・バンバン・ビガロ戦で破格の扱いでのプロレスデビューをした北尾光司。
ビガロは「箒とでも試合ができる」と自称する程プロレスがうまい選手ですが、それでも噛み合わず、パフォーマンス重視の北尾の試合はボロクソの評価を受けます。
その後も大相撲時代同様に次々と問題をおこし、試合も不評を買うばかりでついには新日本は契約を解除。
SWSに移りましたが、そこでも同じ大相撲出身のジョン・テンタにマイクアピールで「八百長野郎」発言をし、解雇されます。
Uインターに参戦し、高田延彦にブック破りのハイキックKOを喰らい、総合でもパッとせず、結局その恵まれた身体を活かす事ができなかった惜しい選手でした。

Comments are closed.

Categories
Bookmarks